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大阪高等裁判所 昭和50年(う)294号 判決 1976年5月28日

控訴人 弁護人

被告人 矢部俊介

検察官 土居利忠

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を原判示第一の一、第一の二の(1) 、(2) 、第一の三及び第一の四の別表二の1ないし9の各罪につき懲役八月に、原判示第一の二の(3) ないし(5) 、第一の四の別表二の10ないし24、第一の五及び第二の各罪につき懲役二年に、それぞれ処する。

原審における未決勾留日数中四〇日を右懲役八月の刑に、同三二〇日を右懲役二年の刑に、それぞれ算入する。

原審訴訟費用中、証人安達義忠、同古賀政利、同尾立弘子に支給した分は原審相被告人松永清一及び同橋爪兼久と、証人西村典子に支給した分は原審相被告人橋爪兼久と、証人武田広、同山田勇、同喜田明(第二九回公判期日分)、同後藤猛に支給した分は原審相被告人辻収二と、それぞれ連帯して、また、証人有田功、同越智健市、同伊藤勝、同高橋源子、同吉岡正次、同有馬修三、同山本等、同山本久雄、同鶴田正人、同上山善博、同北島淳蔵、同浅尾重一郎、同中島藤利、同竹中義治に支給した分は単独で、被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人鈴木健弥作成の控訴趣意書記載のとおりであるのでこれを引用する。

論旨IIは、原判示第一の事実について、採証法則違背、事実誤認、法令の解釈適用の誤りを主張するものである。

所論第一は、本件犯行当時商品取引業界には、商品仲買人が自らの営業資金を調達するため他から金融を受けるにつき、委託証拠金代用証券(以下単に代用証券という。)として顧客から預託された有価証券を担保に差し入れることが許される旨の商慣習が存在したと主張するのであるが、原審証人鈴木寛一の証言によれば、当時、商品取引の監督官庁である農林省では、顧客を保護し商品取引の公正を期するために、顧客から差し入れられた代用証券は、売買証拠金として商品取引所に差し入れる場合及びその顧客との取引上の諸計算に充てる場合のほか、他に担保に供しあるいは売却処分をするなどのことは、たとえ顧客の同意書を徴しても許されないものである旨指導し、もし、それに反する取扱いがなされた場合には、その是正を命じていたことが明らかであり、さらに、当時商品仲買人が顧客から徴していた同意書には、取引所における売買証拠金に充当し又は値洗金その他の諸計算金に充てるための担保差入れを同意する旨記載されているだけで、所論主張のごとき行為に同意することの記載がないことなどに照らせば、所論主張のごとく、商品仲買人が、自らの営業資金を調達するため他から金融を受けるにつき、かかる代用証券を担保に供することを許す旨の商慣習が存在しなかつたことは明白であり、被告人が昭和四二年一二月一七日付検察官調書において、本件におけるがごとく、商品仲買人が、その必要上顧客の代用証券を流用することが許されるものでないことが判つていた旨供述していることによつても、このことは裏付けられている。これに反し被告人は、原審及び当審公判廷においては、当時業界では、顧客の代用証券を担保に金融を得ることが一般に行なわれていた旨供述しているけれども、仮にそのような事実があつたとすれば、それは違法行為が存在したというにとどまり、それによつてかかる商慣習の存在が認められるわけのものではない。論旨は理由がない。

所論第二は、商品仲買人は、代用証券につき根質権を有し、さらにその質権(原質権)の範囲でそれを他に転質に供しうる権利を有するものであるところ、商品取引の場合は、顧客の手仕舞にいたるまで被担保債権及び履行期が確定しないのであるから、転質は代用証券の価格相当額まで認められるべきであり、履行期についても金融先との間に随時返還の約束がある限り無制限なものとして取り扱うべきもので、そうすれば、本件の場合は原質権の範囲内の転質として横領罪を構成しない旨主張するものである。

そこで検討するに、商品仲買人が代用証券に対して有する権利が根質権であり、その有する権利の範囲でその質物を他に転質することが許されること、しかしその範囲を超えて他に転質した場合には、その転質行為が横領罪を構成するものであることは、すでに、最高裁昭和四三年(あ)第二五四六号同四五年三月二七日第二小法廷決定・刑集二四巻三号七六頁の明らかにしたところである。ところで、転質が原質権の範囲を超えるかどうかは、債権額、存続期間等転質の内容、範囲、態様が原質権設定者に不利な結果を生ずるかいなかの観点から判断すべきものであるところ、記録によれば、被告人は、昭和三五年三月文義助から神戸穀物商品取引所の商品仲買人である大阪商事株式会社を買い取り、自ら代表取締役になつてその経営にあたつていたのであるが、その当初から全国各地に支店、営業所等を設けて規模の拡大をはかり、一時は全国的にも屈指の取引高を誇るにいたつたものの、もともと充分な自己資金のないまま会社経営に乗りだしたため、すでに同年四、五月ごろには顧客の代用証券を担保に他から金借して会社の営業資金を調達するほかない状態で、それを繰り返して本件にいたつたものであること、本件犯行当時においては、極度に資金に窮し、顧客から代用証券を預かると、その顧客の取引上の損益、その金額、取引の存続期間等を顧慮することなく、直ちに、その代用証券を担保として金融機関に差し入れる状態で、なかには、顧客の取引が終了しても代用証券を顧客に返還することなく被告人方会社に留保して同様金融機関の担保に供していたものもあること、担保に差し入れるときは、それが代用証券である等ということを特に明らかにしないまま提供していたのであるが、担保差入れ先のほとんどは、いわゆる街の金融機関で、一回の借入れ金は一〇〇万円ないし二、八〇〇万円という高額にのぼり、その金利は、通常の会社経営によつては支払困難な高率なもので、その期間もおおむね三〇日ないし六〇日とされていたが、更新するのが通常であつたこと、以上の事実が認められる。

してみれば、顧客との取引が終了ししたがつて原質権が消滅した顧客の有価証券を勝手に担保に供する行為が、横領罪を構成することはいうまでもないところであるが、取引が継続している顧客の代用証券であつても、前記のごとく、顧客の取引上の損益、取引の存続期間等を無視し、当初から不安定な会社経営のもとで、高額の営業資金を調達するため、高利の金融の担保に長期間差し入れることは、顧客にとつては著しく不利益な結果を生ずるものといわなければならず、これが原質権の範囲を超えるものであることは明らかである。論旨は、被担保債権及び履行期が確定しないので、転質は代用証券の価格相当額まで認められるべきであり、履行期についても金融先との間に随時返還の約束がある限り無制限なものとして取り扱うべきである旨主張するが、相場の変動があるため被担保債権が確定しないからといつて、原質権の被担保債権額を代用証券の価格相当額に増額すべき理由はなく、また、履行期が確定しないことは、手仕舞によつて直ちにその期限の到来を招きこそすれそのために存続期間が無制限なものとなるわけはなく、さらに金融先との間に随時担保物の差換えを許す約束がなされていたとしても、前記のごとき会社の経営状態をもつてすれば、その確実な履行も期待できない状態にあつたものといわなければならないものである以上、そのために無制限に担保差入れが許されることになるわけのものではない。それゆえ、被告人が、その業務に関し前認定のごとき方法で代用証券を担保に差し入れた行為が業務上横領罪を構成することは明らかであつて、論旨は理由がない。

所論第三は、原判示第一の五の事実につき、これは、被告人が、本社から関門支店に送付していた代用証券で赤字の顧客の分を売却するように指示したのに、関門支店において、勝手に、同支店で顧客から預かつていた代用証券をも売却してしまつたものであつて、被告人には責任はない旨主張するものである。

そこで検討するに、被告人は、当審公判廷においてその旨供述しているのであるが、当時の被告人方会社の資金状態に徴すればそのように範囲を限つて処分を命じうる程の余裕があつたものとは思われず、被告人が捜査段階で、東神商事株式会社(大阪商事株式会社の子会社ないし姉妹会社というべきもの)の顧客が、証拠金の返還を求めて喧しく言つて来たので、その資金調達のためには関門支店で保管している有価証券を処分するほかないものと思い、その旨関門支店の総務課長であつた安達義忠に指示したのであるが、その際なるべく本社から送つている有価証券を処分するように言つたことはあるが、それに限る趣旨ではなかつた旨供述し、さらに、原審公判廷で、本社の有価証券を売つてくれればよいと思つてはいたが、特にそのようなことは言わなかつた旨供述していることに照らすと、被告人の当審公判廷における供述には直ちに信を措くことができず、かえつて、松永清一、安達義忠ら関門支店関係者の供述するごとく、被告人からの指示は、本社から送付したものを含め処分可能なものを処分して資金を調達すべきことを命じたものであつて、所論主張のごときものではなかつたものと認めざるを得ない。してみれば、原判示第一の五の売却行為についても、被告人はその責を負うべきことは明らかである。論旨は理由がない。

論旨III は量刑不当を主張するものである。

そこで、まず、原判決が、被告人を懲役一〇月に処した部分について検討すると、記録によれば、その犯行は一七回に六五七万五、六五四円相当の有価証券を横領したものであり、原審当時においては被害弁償も全くなされていなかつたのであるから、これらの罪につき被告人を懲役一〇月に処した原判決の量刑も充分理解することができるのであるが、原判決後、被告人は、小林昌子に一万四、五〇〇円、星野テイに三〇万円、加藤清一に一万円、上田栄一に二五万円、今中宇之輔に一〇万円、矢尾秀一に一〇万円、前川三郎に一万五、〇〇〇円、荒井甚之助に七万円、生田一宣に一五万円を、それぞれ弁償し、それらの者から寛大な処分を求める旨の上申書を得ていることなどに照らすと、現時点においては、原判決の刑は重きにすぎ破棄しなければ明らかに正義に反するものと認められる。したがつて、この部分は、刑訴法三九七条二項により破棄を免れない。

次に原判決が、被告人を懲役二年六月に処した部分について検討することになるが、所論量刑不当の主張に対する判断に先だち、職権によつて調査すると、原判決は、原判示第一の六の所為についても、これを被告人の犯行として法令を適用しこの罪をも含めて被告人を懲役二年六月に処しているのであるが、右の所為は、原審相被告人橋爪兼久の単独犯行として起訴され原判決もその旨認定しているのであるから、原判決はこの点において理由にくい違いがあるものといわなければならない。また、被告人は、昭和四四年一二月一日原判示第二の一の(1) の犯行によつて勾留され、その後これを含む原判示第二の各事実につき公訴提起がなされ、公判審理が続けられたうえ、保釈許可決定により昭和四五年一二月二三日釈放されるにいたるまで三八八日間勾留されていたのにかかわらず、原判決は、その量刑にあたりその未決勾留日数を全く本刑に算入しなかつたのであるが、記録を調べても、このような長期間の未決勾留を本刑に算入しない特段の理由も発見できないのであるから、原判決はこの点において量刑を誤つたものといわなければならない。以上の次第であるので、被告人を懲役二年六月に処した部分は、刑訴法三九七条一項、三七八条四号、三八一条により破棄を免れない。

以上の理由により、原判決中被告人に関する部分をすべて破棄し、刑訴法四〇〇条但書によりさらに判決することとし、原判決の認定した事実(ただし原判示第二の一の(2) の日本製鋼株式会社株券一、〇〇〇株とあるのは、一〇、〇〇〇株の誤記であるので、その旨訂正する。)に原判決挙示の法令を適用(ただし原判示第一の六に関するものを除く)し、原判示のとおり併合罪の処理をしたうえ、原判示第一の一、第一の二の(1) 、(2) 、第一の三及び第一の四の別表二の1ないし9の各罪につき被告人を懲役八月に、原判示第一の二の(3) ないし(5) 、第一の四の別表二の10ないし24、第一の五及び第二の各罪につき大部分の被害者に相当額の弁償をしていることをはじめ量刑不当の所論をも勘案したうえ被告人を懲役二年に、それぞれ処することとし、刑法二一条により、原審未決勾留日数中四〇日を右懲役八月の刑に、同三二〇日を右懲役二年の刑に、それぞれ算入し、原審訴訟費用は、刑訴法一八一条一項本文、一八二条を適用して主文のとおり負担させる。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河村澄夫 裁判官 深谷眞也 裁判官 近藤和義)

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